男はつらいよ

渥美清の死因-晩年の寅さんから見てとれる体調の変化-

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渥美清(あつみきよし)の本当の死因は何だったのでしょうか?

渥美清の死因についてネット上でも様々な情報が流れているようですが、本当のところは何が原因だったのでしょう。

渥美清は幼少の頃から病弱だったらしく、たくさんの病と闘いながら生きてきた喜劇俳優です。

この記事では、そんな喜劇俳優である渥美清(本名:田所康雄)の本当の死因は何だったのか、どんな病気と闘いながら渥美清は映画「男はつらいよ」の車寅次郎(寅さん)を演じきっていたのか、について書いてみたいと思います。

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渥美清の正式な死因は?

渥美清がこの世を去ることになった決定的な死因は、肺ガンです。

しかし、肺ガンは移転してできたものであり、もともと最初に発症したガンは、肝臓ガンだったそうです。
最初に肝臓ガンが見つかったのは、渥美清が63歳だった1991年で、その3年後にガンが肺に移転したという話です。
しかし、実はそれ以前の1974年(渥美清46歳)頃にすでにガンが発症していたという情報もあります。
それは、「風天 渥美清のうた」という書籍で、渥美の長男である田所健太郎が父について、このようなことを語ったそうです。

「父ががんという病気であることを知ったのは僕が幼稚園のころでした。いつも『オレはもう死ぬんだからお母さんの言うことをよく聞いてしっかりやれ』という叱られ方をよくした」
「九一年の宣告は(もともと持っていた原発の)肝臓がんが肺に転移したときの話だと思います。医師に呼ばれて母と妹の三人で写真を見ながら説明を受けました」

この本によれば、ガンが肺に移転したのが1991年だったということになります。

息子の田所健太郎が語っていた1974年というのは、渥美清が初めて肝臓ガンに侵された年ということになります。

1974年に上映された寅さんシリーズでいうと、13作目の「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」の頃です。

渥美清のプロフィール

渥美清のプロフィールを簡単に紹介します。

・本名:田所康雄(たどころやすお)
・生年月日:1928年3月10日
・没年月日:1996年8月4日(68歳没)
・出生地:東京府東京市下谷区(現:東京都台東区)
・身長:173 cm
・血液型:B型

渥美清の役者人生の始まりは、18歳の時に大宮市日活館で出演した「阿部定一代記」という舞台が初舞台だったようです。
23歳の時、浅草のストリップ劇場の専属コメディアンとなり、25歳の時にフランス座へ移籍。
26歳の時に肺結核に侵され、約2年間は役者の仕事ができずに療養生活に入ります。
28歳の時、療養生活を終えた渥美は、酒、煙草を一切やめ、役者稼業に全力を注ぐようになります。
33歳の時にNHKで放映された「夢であいましょう」で渥美清の名が全国区に広まり、黒柳徹子の「トットてれび」では、この時期の渥美清のエピソードが多く語られています。
38歳の時にTBSで放送された「渥美清の泣いてたまるか」のテレビドラマの主役を務めます。

40歳の時にフジテレビで「男はつらいよ(ドラマ版)」の放送が開始されます。
このドラマ版「男はつらいよ」の最終回で寅さんがハブに噛まれて死ぬ、という結末に納得できなかった視聴者のために、寅さんを映画作品として復活させます。
こうして、翌年に映画「男はつらいよ」が製作されるようになり、亡くなる1995年までの48作品に渥美清は出演し続けることになります。

渥美清の病歴

渥美清の病歴もすごいものがあります。
もともと生まれながらにあまり体が丈夫ではなかったようです。

渥美清の病歴をまとめてみます。

1936年(渥美清8才)・・・小児腎臓炎、小児関節炎、膀胱カタル等の様々な病を患っていた
1954年(渥美清26才)・・・肺結核で右肺を切除
1974年(渥美清46才)・・・肝臓ガン発症?
1991年(渥美清63才)・・・ガンが肺に移転

渥美清の代表作「男はつらいよ」からわかる体調不良

「風天 渥美清のうた」という書籍には、1974年頃にすでに渥美清はガンに侵されていたことがわかる息子の証言がありました。

1974年は寅さんシリーズでいうと、マドンナが吉永小百合だった13作目「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」の作品になります。

実際にこの作品を観てみても、渥美清の体調の悪さなどは映像を通してはよくわかりません。
むしろ、この時期のほうが演技に脂が乗っているように感じられます。
私が観る限りでは、1作目から30作目あたりまでは、楽しみながら演じているのがわかります。

29作目「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」から体調が悪くなってきた

体調の悪い兆候が出始めたのは、1982年の頃らしいです。
1982年に上映された寅さんシリーズでは、29作目「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」にあたります。
この頃に渥美清は病院に通い出したらしく、監督である山田洋次はそのことを知っていて、後々になってこのようなことを語っています。

「第二十九話はつらかった。渥美さんは元気がなくなって、芝居がはずまないんですよ。まいったな、と思った。二十九作がどこか暗い話になっているのは、渥美さんの体調と関係があるかもしれませんよ。確実に、このころから病気が始まってるんです。」

29作目「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」は、いしだあゆみがマドンナ役をこなした作品です。

この作品の最後のほうで、久しぶりに実家に戻ってきた寅さんといしだあゆみが再開するシーンがあって、別れる最後にいしだあゆみがこんなセリフを口走ります。

「今日の寅さんはいつもの寅さんじゃないみたい。私が知ってる寅さんはもっと優しくて、楽しくて、風に吹かれるタンポポの種みたいに、自由で気ままで・・・でもあれは旅先の寅さんやったんやね」

もちろん、このセリフは映画の中でのもので、もともと脚本に組み込まれていたセリフです。
これは、普通の人間になりきれない、堅気の生活環境になじんでいくことができない寅さんを表現した、意味の深いセリフです。

しかし、もしかしたらこのシーンは、渥美清の雰囲気に合わせて、そういう流れにしてしまったようにも思ってしまいます。

山田監督が言っていた「二十九作がどこか暗い話になっている」というのは、ストーリー的にそうなっているのではなく、渥美清自身のモチベーションがそうさせていたのかもしれませんね。

満男がメインになって体調不良が顕著に

42作目「男はつらいよ ぼくの伯父さん」という作品あたりから、渥美清よりも甥の満男にスポットライトが浴びるようになっていきます。
物語のテーマも、寅さんの恋愛ではなく甥の満男に向けられるようになり、寅さんの登場シーンも少しずつ減っていきます。

この頃になると、渥美清の体調の悪さは映像を通しても感じられるようになりました。
ケンカのシーンでもどこか昔のような勢いがなく、声も力がありません。
渥美清自身も寅さんを楽しく演じていなく、演技中もどこか体調の悪さを意識しているような感じでした。

まとめ

今回は、喜劇俳優である渥美清の本当の死因は何だったのか。
どんな病気と闘いながら、渥美清はフーテンの寅さんを演じきっていたのか、について書いてみました。

寅さんは知っているけど、人間渥美清は知らないという方はたくさんいるのではないでしょうか。
なんせ渥美清は、プライベートを一切世間に公表しなかったという俳優ですから、当時からこんなにたくさんの病気を抱えながら、あの明るく楽しい寅さんを演じていたことは誰も知らなかったのではないでしょうか。

こうやって、辛い闘病生活を経験して生きてきた渥美清の人生を振り返ってみると、逆に辛い人生を歩んできたからこそ、明るく楽しい寅さんを演じてこれたのかもしれませんね。

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